水口日記。-Mizuguchi's Blog-
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2003年04月29日

アイソレーションタンク

というのがある。

僕がこのタンクを初体験したのは、今からもう15年前。
アメリカはロサンジェルスのWestwoodにあるビルの一室だった。
まだ学生だった僕は、ニューサイエンスに興味があって、
イルカの研究をしていたジョン・C・リリーの本で、
このタンクの存在を知ったのだった。

映画『アルタード・ステーツ』にも登場するこのタンクは、
リリーが「イルカ語の解読」をするために自ら考案したものだ。

光も音も遮断するカプセルの中に、
硫酸マグネシウム水溶液(というと怖いけど、実はニガリ)が入っていて、
素っ裸になってあお向けにあると、浮力の高さゆえ、プカリと浮く。
死海ってこんな感じなんだろうか?そんな感じ。
耳も水の中に入った状態で、完全に力を抜く。
するとしばらくすると、光も音も重力もない世界に入る。


想像できる?
外界からの感覚刺激が全くゼロになった状態。


人間は普段の生活の中で、どんなにリラックスしていても、
必ず重力や感覚的刺激が(微細でも)あるのだが、
これが全くゼロになると、意識は極めて内側に向かいはじめる。
リリーはこのタンクに入ることで、
自分の脳をイルカの脳の状態に近づけることを試みた。
そして人間の脳より大きくシワの深いイルカの脳は、時代を超えて、
人間以上に何かを経験的に知っているのではないかと考えたのだ。


このタンク体験を試みた頃の自分は、
不思議なことに、小学校3年生以前の記憶が思い出せないでいた。
大学入学後にようやく勉学に目覚めた僕は、恥ずかしながら、
一気に詰め込みすぎて、よく偏頭痛や知恵熱に悩まされていた。
そのせいで、おそらく一時的に子供の頃の記憶が思い出せず、
それが軽いトラウマのようになっていた。

僕がこのタンクに入った時に最初にやったことは、
この忘れてしまった、自分の記憶探しだったのだ。


思い出せる記憶の塊から、少しづつ丁寧に辿っていく。
小学校3年のときの教室はどんな感じだった?
友達は? 好きだった女の子は? 担任の先生は?
自分のノートの端に描いた落書き、パラパラ漫画、
校庭であそぶ子供達の声、下駄箱、匂い、通学路、
通学路の脇の桃畑、文房具屋、病院の看板、
あ、そういえばこの病院、盲腸を薬でちらしたぞ…

そんな感じで、
記憶が少しづつ「芋づる式」にほどけてきて、
もう忘れてしまったと思い込んでいた多くの記憶が、
鮮明に蘇ってきはじめた。
自分の記憶を過去に遡っていくことが、
こんなにドラマチックで楽しい行為だと思ったことは、
後にも先にも金輪際ない。
それはまるで自分自身の「脳内劇場」だった。

そして2年、1年、幼稚園と遡り、
ついに一番最初の記憶と思われるところまで至った。
その記憶とは、僕がまだ歩き始めた頃のもの。
よちよち歩きの僕が自宅のアパートの前の道路を歩いていると、
道路脇で、道路工事現場の3人の作業員が昼飯を食っているのが見える。
そのうちの1人が僕に「こらっ!」とからかい半分に叫んだ。
僕がビックリして泣き出すと、お袋が近づいてきて僕を抱きかかえる。
年配のおじさんが、僕を泣かせた若い作業員に、
「やめろバカ」と小突き、お袋に軽く会釈をする…。


これが自分?…の記憶…?


ここまで思い出したところで、それ以上先に行けなくなった。
僕はタンクの中であまりの嬉しさと、脳の記憶力のすごさに、
感動というか、客観的に独り感心しまくっていた。
タンクから出て、夕方のSunset Bvd.を散歩しながら、
このシチュエーションに心から感謝した。人生がとても素晴らしいものに思え、
その夜、恐ろしいほど冷静に、自分の将来のことをゆっくり考えることができた。
そしてこのタンクの体験は、その後の僕の人生を変えることとなったのだ。
(このとき考えたことは後にいつか話すことにして)


前置きが長くなりましたが、
このタンクが日本にも存在するという情報を得たのが半年前。
友人が僕を連れて行ってくれて、再びタンク体験をすることになった。
正直、15年ぶりのタンクは最初の衝撃ほど凄くはなかったのだが、
(きっと期待しすぎたんだと思う)
たまに友人を連れていったりするくらいで、
その後はちょっと疎遠になっていた。

が、今日の夕方、
突然直感的にタンクに行くことを思い立ったのだ。
なぜか解らないのだけど、突然、行こうと思った。
このタンクを運営している宮部さんに電話をすると、
今日は空いてるということだったので、すぐに白金へ向かった。


今日のタンク体験は、なんか不思議なものだった。
頭の中ですごくキレイな夕焼けを見上げながら、ずっと島唄を聴いていた。
あまりの美しさに、こんな日なら死んでもいいや、
そんなことをずっと思いつづけていた。ここはどこだろう?
あー沖縄か。沖縄はいいなぁ…タンクの中でそんなことを考えていた。


タンクから出ると、宮部さんはいつものように、
自家製パスタと冷たい水で出迎えてくれた。
(タンクに入ると何故かいつもお腹が空く)
タンクから出た後、宮部さんは不必要に質問はしてこない。
こちらが余韻に浸っている時間を大事にしてくれるのか、
こちらが喋るまでは黙っている。
僕は宮部さんのパスタを戴きながら言った。


「今日はなぜか沖縄でした」
「へー、どんな感じだったんですか?」
「夕焼けを見ながら、ずっと島唄を聴いてたんです」
「あはは。そりゃいいですね」


そのとき宮部さんのパソコンにメールの着信音が響き、
メールを開封した彼が呟いた。


「あれ?○○さんからのメール、沖縄の話だ」
「そりゃ偶然ですね」
「そういえば水口さん、今度沖縄でこんなライブがあるんです」


それは1枚のパンフレットだった。
え、なに? ふむふむ…
『アルタイの英雄叙事詩「カイ」
ボロット・バイルシュフ、待望の来日公演決定!』
ってなんだこりゃ?


「何ですか?これ」
「アルタイ共和国に伝わる喉歌(のどうた)のライブですよ。
 6月8日、読谷の城跡でやるらしいです」


その話を聞いて、自分の頭の中で何かがつながった。
今日この場所に来たことは、僕にとってシンクロニシティだったのだ。
こんなシンクロも久しぶりだ。たぶん何かの前触れだろう。
直感を信じて生きられる人生があるとすれば、それほど素晴らしいことはない。
今日はここに来て良かったな。

まだ詳細は書けないのだけど、
将来実現したいと願って構想しつづけていることに、
ものすごい引導されたような、そんな一日でした。
おまけに宮部さんから、こんな本を探してたぜ!というような本を
2冊も差し出され、今日は完全にマイってしまいました。


ありがとう、宮部さん。


そういう訳で、6月8日、
沖縄の読谷村に行くことにします。


ちなみにこのアイソレーションタンクに興味のある方は、
ここをクリックして、
直接、宮部和雄さんにお問い合わせください。
場所は東京の港区白金にあります。
体験したい人はぜひ気軽にお問い合わせを。
最初からあまり期待を膨らませることなく、
あくまでも自然体で臨むのが吉です。
Try it!



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